こんにちは、鉄道旅行が好きなハヤマです。

この度30年前の時刻表(1985年版)を購入し、本州・四国・九州の各地で廃線が進んでいることは前回の記事で紹介しました。

ところが北海道の路線図を見てみると、それら地域とは比べ物にならないほど北海道の路線図は壊滅しています。

 

実は私自身、この時刻表を購入したもう一つの理由に、80年代の北海道の鉄道路線を詳しく調べたかったこともあります。

今回は、そんな1985年時点の北海道の鉄道路線について見ていこうと思います。

1985年の北海道の鉄道路線一覧

道南・道央の路線図

前回の続きで、函館周辺から見ていきます。青函航路以外に、江差線と松前線があることが分かりますね。

 

江差線は現在の「道南いさりび鉄道」ですが、木古内~江差間は2014年に廃線となっています。

松前線(木古内~松前)は、この時刻表の3年後の1988年に廃線となっています。

 

当時の時刻表を見ると、木古内駅で松前行きの列車と江差行きの列車で分割されていたみたいですね。

ちなみに、途中の渡島大沢(おしまおおさわ)駅は、当時の北海道最南端の駅でした。(現在は木古内が道内最南端)

 

なお、他にも90年代末期までに多くの路線が廃止となっていますが、これらの廃線は1980年に施行された国鉄再建法によるものです。

 

次に、長万部周辺ですが、こちらも現在の路線図とはかなり異なります。

現在無くなっている路線は、

・国縫~瀬棚:瀬棚(せたな)線
・小沢~岩内:岩内(いわない)線
・倶知安~伊達紋別:胆振(いぶり)線

の3つで、どれも時刻表発売後2年以内に廃線となっています。

 

瀬棚線は1987年に、岩内線はこの時刻表が発売されて半年後の1985年7月1日、胆振線は翌年の1986年に廃線しています。

 

千歳・夕張周辺も全然違いますね。夕張にはまだ大夕張鉄道線の表記があります。

また、当時は現在の南千歳駅が千歳空港駅でした。

 

廃線になっている路線は富内(とみうち)線です。

日高線の鵡川駅と日高町駅を結ぶ路線でしたが、1年後の1986年11月1日に全線が廃止されています。

もともと占冠駅まで延伸される予定でしたが、その前に富内線そのものがなくなってしまいました。

 

ちなみに、新夕張~占冠間にある「楓駅」は2004年に廃止(信号場へ格下げ)となった駅ですが、末期には1日1往復かつ日曜運休の秘境駅でした。

当時の楓駅を発着する列車は多かったみたいですね。

 

札幌周辺は変わりありませんが、岩見沢周辺にいくつか鉄道路線があります。

万字(まんじ)線、幌内(ほろない)線、歌志内(うたしない)線の3つです。

 

万字線は1985年の3月末、幌内線は1987年、歌志内線は1988年にそれぞれ廃線となっています。

どれも廃線間近は列車本数が少なく、1日6往復以下の路線が多く見られます。

 

また、ちょっと気になって調べてみたのですが、万字炭山周辺は最盛期で人口5000人以上の集落だったみたいです。

夕張炭鉱のケースと似ていますが、やはり当時は第一次産業で栄えていた地域が多いですね。

 

道東・道北の路線図

道東も今と比べて圧倒的に鉄道路線が多いです。

帯広からの士幌(しほろ)線や広尾(ひろお)線、池北(ちほく)線、標津(しべつ)線、相生(あいおい)線など数多くの鉄道路線がありました。

 

相生線は1985年4月に、広尾線は1987年、士幌線は1987年、標津線は1989年にそれぞれ廃線となりました。

池北線は、1987年に「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線」に経営移管されましたが、こちらも2006年に廃線となってしまいました。

 

ちなみに、私は北海道へ旅行へ行った時、士幌線の跡地を見に行ったことがあります。

タウシュベツ川橋梁という橋は、今でもその跡が残っており、対岸から見ることができます。

 

また、標津線に関しては、厚床駅にてその記念碑があります。

花咲線に乗るのであれば、ぜひとも一目見ておきたいですね。

 

関連:【花咲線乗車記】日本最東端の根室駅と東根室駅への行き方を解説!

 

道北も路線図が網の目のように張り巡らされています。海岸に沿って走る路線も多く見られますね。

現在この地域で残っている路線は宗谷本線と石北本線だけであり、他は全て廃線になっています。

 

廃線になった路線と廃線した年度は以下の通りです。

  • 渚滑(しょこつ)線:1985年4月
  • 興浜北(こうひんほく)線:1985年7月
  • 美幸(びこう)線:1985年9月
  • 羽幌(はぼろ)線: 1987年3月
  • 天北(てんぽく)線:1989年5月
  • 名寄(なよろ)本線:1989年5月
  • 留萌(るもい)本線/増毛~留萌間:2016年12月

 

名寄周辺には特急・急行列車も多く、それだけ沢山の人々が利用していたのだと思われます。

時刻表を眺めるだけでも、本当に当時これだけの列車が走っていたことに驚かされますね。

 

そんな鉄道王国だった北海道も、今では各路線の特急列車すら減便されるようになり、残存路線すら廃線・廃駅の危機に立たされています。

特に、直近の北海道地震の影響も大きく2030年までに北海道にどれだけの路線が残っているか非常に心配です。

 

個人的に、羽幌線の「急行はぼろ」が気になりました。

はぼろは、留萌~幌延の日本海側を走っていましたが、「この列車の車窓がどのようなものだったのか?」「どのような旅情を味わえたのか?」と気になって仕方がありません。笑

過去の路線を知ることも鉄道の醍醐味の1つだと感じますね。

 

昔の時刻表を見ていたら、当時の鉄道路線がどのようなものだったのか、より詳しく知りたくなってきました。笑

北海道へ行く機会は滅多にありませんが、もし機会があれば、これら廃線跡や記念鉄道館にも足を運んでみたいですね。

 

まとめ:80年代末期に多くのローカル線が廃線に

今回、ざっくりと当時の北海道の路線図を見ていきましたが、その多くは1980年代末期を境に廃線となっています。

これだけでも驚きですが、2018年の現在でも廃線が検討されている路線があり、今後は地方都市との幹線と北海道新幹線以外は存続の危機にあると言えます。

 

歴史ある路線が廃線となるのはとても残念ですが、人口が減っている状況を考えると、これも時代の流れなのかもしれません。

しかし、昔の鉄道を知ればその地域の産業や歴史を知るきっかけにもなるので、今ある路線だけでなく、廃線した路線についても注目してみてはいかがでしょうか?

私も、もっと昔の鉄道路線やその地域の歴史について知りたくなりました。

 

【30年前の時刻表を買ってみた③】当時は夜行列車の本数も多かった

【30年前の時刻表を買ってみた①】路線図から鉄道の歴史を知る

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