こんにちは、鉄道旅行が好きなハヤマです。

私自身、国鉄時代の鉄道について大変興味があり、その昔の鉄道を知る参考資料として、30年以上前の時刻表(1985年版)をネットオークションにて購入しました。

 

実際に見たところ、国鉄時代を知らない若造の私にとっては、信じられないぐらい衝撃的な内容がそこにありました。笑

今回は、そんな1985年の時刻表を見て、2018年現在の鉄道とは何が変わっているのか見ていこうと思います!

今回入手した時刻表について

今回入手した時刻表は、1985年(昭和60年)1月1日発売の時刻表です。(日本交通公社)

30年以上前の時刻表ですが、保存状態が良く思っていた以上に綺麗な状態でビックリしました。

 

一般人からしたらただの古紙ですが、昔の鉄道を知りたい私にとっては非常に重要な資料です。

昔の時刻表や路線図に関してはどうしてもネットの情報だけでは不十分なので、手元に1冊用意しておきたいと思っていました。

 

ちなみに、時刻表裏側の広告欄はこうなっています。

ここだけ見ても時代の変化と機械の進化が分かりますね。笑

 

時刻表の見方のページを見たところ、今はほぼ絶滅してしまった寝台や急行、食堂車といったアイコンが並んでいました。

赤帽のいる駅や弁当を売っている駅などのアイコンも時代を感じられますね。

 

ちなみに、赤帽というのはお客さんの荷物の運搬を手伝ってくれる人(ポーター)のことを指すようです。

2000年代初頭までは東京駅にも赤帽がいたみたいですが、私は見たことがありません。

 

当時の鉄道路線図を見てみた(九州~東北)

全国版の時刻表ではお馴染みの全国鉄道路線図を見てみました。

当時はまだ国鉄であり、現在は存在しない廃線前の鉄道路線や、第三セクター転換前の路線も数多いです。(逆にこの時点では存在しない路線もあります。)

 

国鉄民営化前(1987年4月1日)には多くの路線が廃線となっていますが、この路線図はそんな廃線ラッシュ前の路線図です。

全体をぱっと見ただけで、現在との違いを感じられるほど、鉄道路線がびっしり詰まっていることが分かります。

特に、地方地域の鉄道路線が顕著ですね。

 

九州の南部を見てみましょう。

志布志~国分の「大隅線」や志布志~西都城の「志布志線」、川内~薩摩大口の「宮之城線」などは、この2年後の1987年にいずれも廃線となっています。

 

現在の志布志駅へ鉄道で行くには、宮崎駅から出ている日南線しかありません。

 

次に山陰地方の路線図を見てみます。

広島県内にある「岩日線」は現在の錦川鉄道錦川清流線に、「可部線」は安芸亀山駅~三段峡の区間が2003年に廃止となっています。

 

四国についてはまだ瀬戸大橋が建設途中であり、宇高連絡船が本州と四国を行き来していました。

ちなみに、瀬戸大橋はこの3年後の1988年に完成し、瀬戸大橋線も同年に全線開業しています。

 

連絡船のダイヤもしっかり掲載されてます。

普通連絡船とホバータイプ(高速船)の2種類あったようです。

 

料金についても記載がありました。ホーバーは別途急行券が必要みたいですね。

30年前とは物価が違うので高いか安いかは良く分かりません。笑

 

こちらは愛媛県の予讃本線です。当時はまだ内子線と予讃線は繋がっていませんでした。

この区間が開通するのは、ちょうどこの1年後の1986年の3月であり、開通後の予讃線の優等列車は内子経由に変更されています。

 

予讃線開通前の内子線のダイヤです。1日7往復のローカル線といった感じですね。

今では特急宇和海の停車駅であり、列車本数は大幅に増加しています。

 

こちらは石川県の能登半島ですが、穴水駅から先の鉄道路線は全て廃線になっています。

実際に廃線になったのは、のと鉄道に経営移管した後、2000年代に入ってからですね。

 

長野県の鉄道路線も今とはだいぶ違いますね。

何と言っても軽井沢~横川がまだ繋がっており、新潟駅まで信越本線が続いているのが大きな特徴ですね。

長野電鉄に関しても須坂~屋代間の屋代線がありますが、屋代線は2012年4月1日に廃線にとなっています。

 

当時の信越本線の時刻表です。

L特急あさまや特急そよかぜ、特急白山など数多くの特急列車が走っていました。

現在は「しなの鉄道」と「妙高はねうまライン」が途中にあるので、信越本線はぶつ切り状態になっています。

 

茨城県では、現在の常磐線の土浦駅から水戸線の岩瀬駅の間に「筑波鉄道筑波線」が走っていました。

筑波鉄道は国鉄の鉄道路線ではありませんが、国鉄民営化と同時に廃線となっています。

 

また、他の「日立鉄道線」は2005年に、「鹿島鉄道線」は2007年に廃線となっています。

 

東北を見たところ、福島から槻木の区間に阿武隈急行電鉄がありません。

丸森~福島間の全線が開通したのは3年後の1988年のようです。

 

1985年時点では秋田内陸縦貫鉄道もまだなく、角館~鷹巣間は角館線阿仁合線に分かれており、それぞれぶつ切りの状態でした。

秋田内陸縦貫鉄道として開業するのは1989年になってからです。

 

角館線の時刻を見たところ、1日3往復しか走っていないことに驚きました。

現在の田沢湖線(田沢湖~赤渕)普通列車並の本数ですね。笑

元々この二つの路線は鉱石輸送のために作られた線路のようであり、一般利用者は少なかったのだと思われます。

 

山田線の茂市駅から分岐していた岩泉線は2014年に廃止になっています。

 

廃線は比較的最近になってからですが、1985年当時から運行本数は少なかったみたいですね。

 

青森に関しては、まだ青函トンネルが建設中の段階です。

実際に青函トンネルが開業したのは3年後の1988年であり、この時点ではまだ青函航路(フェリー)が主力でした。

 

また、大湊線の下北駅からは大畑線もありました。終着駅の大畑駅は当時の本州最北端の駅です。

この時刻表が発売されてからちょうど半年後、1985年7月1日に国鉄から下北交通大畑線になりましたが、2001年に廃線となっています。

 

ちなみに、私自身、2年前に下北駅へ行ったことがありますが、この大畑線が走っていたことは知りませんでした。笑

 

青函航路の時刻表にはしっかりとフェリーの記述がありました。

連絡船と言えば、石川さゆり・津軽海峡冬景色も有名ですね。

 

夜行列車+連絡船の1日がかりでようやく函館だったのが、今では新幹線で東京~函館が約5時間です。

そう考えると今から30年後の鉄道がどうなっているのかは、誰にも想像できませんね。笑

 

まとめ:昔の鉄道を知ることも面白い!

今回、初めて昔の時刻表を購入してみましたが、自分の知らない昔の鉄道情報が沢山記載されており、鉄道の歴史を知る貴重な参考資料となりました。

特に、路線図は視覚的に今の路線図との違いがよく分かるので、眺めているだけでも非常に面白いです!

他にも驚いた内容が沢山記載されていたので、今回書ききれなかったことは別の記事で紹介していきたいと思います。※随時更新

 

鉄道ファンの方、中でも私のように昔を知らない若い方は、ぜひとも一度過去の時刻表や路線図を見てみることをオススメします!

続き⇒【30年前の時刻表を買ってみた②】北海道の廃線ラッシュが凄まじい

 

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